もうすぐ創業140周年を迎えようとしている群馬県川場村の老舗日本酒蔵、永井酒造。『谷川岳』と『水芭蕉』を醸し、世界各地にも日本酒を輸出しています。フランスの一流ソムリエたちが審査を行う国際日本酒コンテスト「Kura Master」においてスパークリング部門最高賞を受賞するという実力蔵。熟成酒にも長けていて、氷温で熟成させた『MIZUBASHO VINTAGE』はすぐに完売。昨年、テイスティングルームをオープンさせ、歴史と由緒ある蔵が常に革新的な挑戦をしています。永井則吉社長にお話を伺い、永井酒造の取り組みを伝えます。
初代が惚れ込んだ川場村の水
創業1886年、江戸時代から明治時代へと移り変わる時、永井酒造初代当主の永井庄治さんは長野県須坂から群馬県川場村へ移り住み酒造りを始めました。醸造するのに使用している水は武尊山の伏流水。
この水を確保するのに庄治さんは水源のある森林を少しずつ買い足していき、現在は50ヘクタールを保有しているため、美しい水質が保たれています。豊富なミネラルが含まれているこの仕込み水は口当たりが柔らかく、甘みを持ち、ミネラル感のある味わい。恵まれた水を活かした酒造りと、革新的取り組みで世界を魅了する日本酒がここ永井酒造から誕生し続けています。
ヴィンテージ日本酒の研究
世界に通用するお酒を造りたい、永井酒造へ入社した当初からそう考えていた永井則吉さん。ワインを始めとする洋酒は世界的に通用しており、価格も日本酒とは比べものにならないほど。日本酒の市場はまだまだ小さいのが現状です。
ワインと同じように価格の創造が必要だと感じていたある日、ワイン会で今まで体験したことのないようなヴィンテージワインに出会ったといいます。素晴らしいワインに出会ったことで、日本酒の熟成酒を研究しようと心に決めた則吉さん。熟成酒にするための在庫を抱えることに当時の社長や杜氏に反対されながらも、最初は数十本から始めていきました。
熟成酒を研究することは非常に年数がかかります。1年目、2年目、3年目と、どの温度帯でどのような味になっているのか定点観察するだけでも10年単位のデータが必要でしょう。2004年、ようやく氷温で熟成させることでエレガントな味わいになると分かり、則吉さんが社長就任となった2013年、初の熟成酒となる『水芭蕉純米大吟醸Vintage2004』を発売しました。
その後、熟成の具合をみながらヴィンテージ日本酒をリリースし続け、2019年には「刻(とき)SAKE協会」を共同で設立して、熟成酒の価値を高め世界へ発信する活動を行っています。
特に話題性が高かったのが、刻SAKE認定酒である『THE MIZUBASHO Aged 17 Years Sake』。2002年、2004年、2006年の水芭蕉をアッサンブラージュしてオーク樽に入れ、樽からの成分をゆっくり出したいという考えから、樽ごと5年間氷温貯蔵させるという驚きの手法。1本165000円(税込)という高価格帯でありながら予約段階で88本完売したのですから、それだけ永井酒造の熟成酒への信頼度が高く、注目されているといえます。
シャンパーニュに匹敵する『MIZBASHO PURE』
則吉さんは学生の頃、バックパッカーとして世界を歩いた経験もあり、そして普段からワインを嗜んでいることから、ワインのように食事の流れに合わせた日本酒を作りたいと考えていました。熟成酒に着手し研究を重ねる上で、その熟成酒を世界に売り出していくためには、アペリティフでシャンパーニュを飲むように、まずは乾杯酒に適した本格的なスパークリングの日本酒が必要だと感じていたのです。
そこで、シャンパーニュのように瓶内二次発酵の製法を使い、きめ細かい泡の日本酒という挑戦が始まりました。しかしこれは非常に困難を極めます。まず、純米酒で造りたいという思いから添加物を加えられず、多くのスパークリングワインのように発酵を促すために加糖をするドサージュという作業を行えない上に、にごり酒ではなく透き通った清酒にしたいという希望もありました。何より、流通のことを考えると火入れ作業が不可欠です。
これらの課題をクリアするには数百本の瓶が割れてしまうという失敗を繰り返すほど難航しました。そこでフランスのシャンパーニュ地方へ行くことを決意。製造ノウハウを学び、ヒントを得て、生産者からの話を聞くことで再挑戦への意欲が湧いてきます。その後、試行錯誤の末、2008年にシャンパン並みのガス圧で美しい泡、綺麗な色、透明感のある後味のスパークリング酒『MIZBASHO PURE』が誕生しました。
これによりスパークリングの日本酒は注目を浴び、日本各地でも生産されるようになったことから、2016年にはawa酒協会が設立されるまでになりました。現在は則吉さんが理事長を務めています。
そのAWA SAKEである『MIZBASHO PURE』はヴィンテージを発表しています。
「スパークリングが完成した時に、ドン・ペリニヨンみたいなお酒を造りたいと思っていたんです。そこで、元酒を変えて仕込みました。」
AWA SAKEでの熟成酒は永井酒造が初。熟成の技術とスパークリングの技術を兼ね備えているからこそ出来上がった商品。この『THE MIZUBASHO PURE 2008』もシリアルナンバー入りですぐに完売となっています。
日本酒をコース料理にペアリングする「NAGAI STYLE(ナガイスタイル)」の確立
2014年には貴醸酒の製法で醸した『Dessert Sake』を発売し、一連の流れで提供する「NAGAI STYLE」を提案しました。スタートは『MIZUBASHO PURE』、従来のブランドである『水芭蕉』をSTILL SAKEとし、熟成酒であるVINTAGE SAKE、そしてDessert Sakeへと続きます。これによりコース料理にも日本酒をそれぞれペアリングすることが出来、日本酒の新たな楽しみ方が出来上がったのです。世界の食事に、ワインと同じように日本酒がテーブルへ乗るきっかけとなったのは間違いありません。
新しい挑戦「SHINKA ~真価、進化、深化~ 」のオープン
永井酒造の挑戦はまだまだ続きます。真の価値を追求する真価、発展や展開の意味の進化、関係性を深める深化の3つの想いが込められている「SHINKA」、テイスティングルームと醸造研究所を備えた施設をオープンさせました。
ここでは、永井酒造の世界観を体験でき、長年研究し続けている熟成酒やスパークリング酒、更に少量の醸造開発している「ラボSAKE」もテイスティングすることができるのです。そして、併設している醸造研究所は小さなスペースにごく小さなタンクがあり、小ロットで造れるようになっています。
1本目のタンクは、群馬県で開発された群馬G2酵母を使用しました。永井酒造でも初めての挑戦で、谷川岳でもなく水芭蕉でもない、全く違うスペック。永井酒造らしい美しさはありつつ若々しく麹や米の香りもふわりと立ち、洋梨のようなジューシーさも兼ねそなえるお酒に仕上がっていました。
「失敗を恐れず、挑戦を第一優先に。低精白や生酛造りなど、『水芭蕉』では行なってこなったお酒を醸造するのが面白いかもしれない」
と、社員の方々とも話をしているそうで、今後、この研究所から水芭蕉ファンも驚くラボSAKEがどんどん出てくるかもしれません。また、少量の実験的な醸造のため、ボルドーのシャトーが行なっているプリムール、いわゆるタンク契約ということも可能なのではないでしょうか。酒販店のみならず、一般の日本酒ファンも夢が膨らむ研究所で、これからの醸造動向にも目が離せません。
「SHINKA」の構想は以前からずっとあったようですが、コロナ禍によってグランドオープンが早まったといいます。刻SAKEやawa酒といった日本酒の価値を高める、価格帯を上げるといった活動を行ってきた則吉さんですが、本気で価値を上げるにはどうしたら良いのか、自問自答の日々が続きます。
「自分の年齢や結婚も大きなきっかけですね。結婚してすぐにコロナ禍になってしまって。余計に世の中のこと、会社のこと、お客様との関係性など考える時間が多くなりました。」
特に、奥様の松美さんもワインを嗜むことからワイナリーのことについて話し合うことも。ヨーロッパの多くのワイナリーが家族経営であり、テイスティングルームやコンセプトルームを持っていること、そしてナパヴァレーで参考になる場所も一緒に見たことで「SHINKA」の構想はどんどん広がっていったようです。
「SHINKA」を体験できるのは、熟成酒シリーズを購入した人のみ。同封の招待状で申し込みが出来るのです。だからこそ、則吉さんもどんな反応になるのか期待をしています。
「刻SAKEのような熟成酒を伝えていきたいとずっと思っていて。ここには確実に興味を持っているお客様が来てくださる。そういう方々とお酒の話をした時、お互いに何が生まれるのかすごく知りたいですね。」
「真価、進化、深化、この3つを達成することはまだ未開の地。やりながら掴んでいきたい」
と、自分自身も楽しみだそう。
熟成酒といっても熟成させるためのお酒を造っているわけではなく、「本来の酒造りの延長線上に熟成がある」といいます。基本的には山田錦50%精米の純米大吟醸と山田錦35%精米の純米大吟醸の2種類に加えて貴醸酒であるDessert Sakeをベースにテイスティングをし、タンクによって熟成に向いているものを選別、育てていくのだとか。現在、10万本ほどの熟成酒を抱えているというからそのスペースも重要。特に永井酒造は氷温での熟成がほとんどのため、温度管理ができる環境が必要で、昔の蔵を使ったり瓶詰めだった箇所を改築したり、リーファコンテナも大量に所有しています。
「これらを単独のヴィンテージにするのか、アッサンブラージュしていくのか、観察しながら決めていきたい。でも、種がないと広がらないので、幅を作るためにもこの量は必要なんです。」
そして、「今後はお客様にも見学していただけるような、見せる貯蔵施設を作りたいですね。」と次の目標もあるようです。
1日1組限定の完全招待制プレミアムツアー
夢のような特別感満載のテロワールツアーは、武尊山の雪溶け水が流れる溝又川を眺めながら『MIZBASHO PURE』で乾杯するところから始まります。仕込み水に触れながら自然の豊かさを感じ、美しい空気の中で飲む日本酒は格別でしょう。
川を下ると田園風景が広がり、夏には緑色の苗が輝き、秋には一面黄金色に。永井酒造では、原材料である米の生産から一貫するという取り組みを行っていて、若手社員が携わっている田んぼもあり、幻のコシヒカリと呼ばれる「雪ほたか」の栽培も手がけています。
旧蔵を改装した「SHINKA」は水源地の森をイメージしたという階段に光が差し込んで美しく、メインルームに行くまでも心地よい空間。
AWA SAKEを表現した照明の先には開放的なテイスティングルーム。大きな窓から見えるのはまるで絵画のような壮大な田園風景で、川場村のテロワールを実感出来る瞬間です。
部屋の中央には針葉樹の山林で見つけた山桜の特注品で、中心部分は雪ほたかの籾殻を漆で固めた板に錫蒔地で仕上げてあります。
更に、カウンターには樹齢500年を超えるというミズナラの木が使用されています。SDGsに取り組んでいる永井酒造らしい森林資源の有効活用で、地元の方々に制作を依頼し、地元川場村の美しさがしっかりと表現されていました。すぐ横にはソファが設置されたバルコニーが設けられており、田園風景を眺めながら武尊山から吹く風を感じられます。
ここで水芭蕉シリーズや醸造研究所の『ラボSAKE』をテイスティングすることが可能。フードプロデューサー監修の、発酵をテーマにしたペアリングメニュー(別料金)が愉しめるのも魅力的です。
ラグジュアリーでありながらどこか落ち着いた雰囲気を持ち、川場村の自然を堪能してテイスティングが出来る場所を訪れる唯一無二のスペシャルツアー。「希望があれば、上毛高原までの送迎もします」と仰っていました。これだけのもてなしをを受けたのであれば、金額に換算するとひとりどれくらいになるのでしょうか。しかし、極上の体験は値段にはできないほどの感動を得られ、日本酒体験としては最上級の一日となります。
世界から注目される日本酒ディスティネーション
「刻SAKE、AWA SAKE、そしてSDGsの3つを柱として進んでいきたい」
NAGAI STYLEをカジュアルに楽しもうとスタートした『MIZUBASHO Artist Series』もSDGsのテーマに沿って日本酒の枠に収まらないブランドです。特に、尾瀬の水芭蕉プロジェクトへの参画。尾瀬の水芭蕉が激減、危機的状況に陥ってるのをなんとか再生させようと取り組んでいるプロジェクトで、『MIZUBASHO Artist Series』の売上5%が寄付されています。
「尾瀬国立公園には以前は2万株も水芭蕉が生えていましたが、2019年にお客様をお連れした時、500株までに減っていたんです。それがとにかくショックで。水芭蕉はすぐに増えていくわけではないので、持続可能な取り組みとは何かと妻と話し合った結果『MIZUBASHO Artist Series』の開発でした。」
このシリーズは環境保護だけでなく、アートで日本酒の付加価値を高めようと、アーティストとコラボレーションしたラベルの制作も行っており、女性のエンパワーメントを図っていく意味も兼ねていて、可愛らしいラベルと馴染みやすい味わいは女性や若い世代の支持も大きく、広くインパクトを与えています。
「Z世代が世界人口の1/3いる。その人たちの心が動く商品を作り続けていかなければ、日本酒の未来がないと思っています。」
そういった考え方からも立ち上げたブランドなのです。
老舗の日本酒蔵だからこそ地域の自然環境にも力を入れ、熟成酒の価値を高め、スパークリング日本酒を確立。そして川場村のテロワールを肌で感じれる場所を作り、様々な角度から日本酒の未来を考え続けている永井酒造。
「SHINKA」のオープンから1年、まだここに訪れた方は少ないでしょう。是非、このプレミアムな空間を体験して欲しいと思います。日本酒の魅力、蔵の魅力、川場村の魅力をより深く体感できることでしょう。
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