地酒ならぬ地ジン。土地固有のボタニカルを感じ、その土地のジンを味わう。食事とともに楽しめる沖縄のクラフトジンが大注目。

クラフトジンの流行

 そもそもジンは、ジュニパーベリーで香り付けをし、完成時のアルコール度数は37.5%以上と定義されています。ということは、ジュニパーベリーの香りを付けた蒸留酒は「ジン」ということになります。始まりはオランダで、ジュニパーベリーをアルコールに浸して蒸留した熱帯病対策に造られた薬酒と言われており、その後イギリスに持ち込まれ、庶民に広がっていきました。タンカレーがロンドンに蒸留所を建設し、より雑味の少ないジンを生産することで「ドライ・ジン」が主流となりましたが、ウォッカのブームで人気は下火に。ところが、1987年にボンベイ・サファイヤがボトルをリニューアルし、ボタニカルを公表することで徐々にジンへの注目が高まっていきます。

 大きく変化したのは2008年。200年ぶりに新たにジン製造のライセンスを取得し、銅製の蒸留器を稼働させたシップスミス蒸留所。小規模で高品質、完成度の高いジンがクラフトジンと呼ばれるようになりました。このシップスミス蒸留所がクラフトジンの先駆けと言ってよいでしょう。

 日本では2016年に京都から「季の美」が発売されたのを皮切りに、一気に蒸留所が増えました。伝統的な焼酎蔵や日本酒蔵もクラフトジンの製造へ着手し、今では異業種からの参入もあります。

 クラフトジンの魅力は、何と言ってもその土地の素材を直感的に感じることができること。そして、他のアルコール飲料と比べて香りの設計の自由度が非常に高いこともあり、各メーカーのアイデアが生かされ、飲み手にとっては地酒のようにその土地でその土地のクラフトジンを楽しむことができるのです。

国際通りに登場した那覇晴蒸留所

 2024年1月、沖縄県にもクラフトジンの蒸留所が誕生しました。母体は、千葉県に本店を構える酒販店(株)いずみやです。いずみやは那覇に支店を出し、泡盛の文化が根付いていた沖縄県に日本酒の風を吹き込んだ第一人者。そして、酒販店自らジンを製造し、沖縄らしいクラフトジンを広めようと挑戦しています。

 「那覇晴蒸留所(なはばれじょうりゅうじょ)」があるのは、観光客が溢れる那覇の国際通り、ゆいレールの牧志駅もすぐ目の前という好立地。ガラス越しから見える蒸留器は非常にコンパクト。日本国内でもまだ珍しい中国産の蒸留器です。世界で使用されている蒸留器といえば、ドイツのホルスタイン社製やカール社製、イタリアのバリソン社製が占めていますが、これらの納品を待っていると2~3年はかかるといいます。そこで、入手のしやすさと200リッターというコンパクトなサイズが那覇晴蒸留所に合致し、この蒸留器を新規購入しました。単式と連続式の複合型のハイブリッド蒸留器です。

「全く問題はないですし、とても使いやすい。そして、もし何かあった場合にすぐ対応してもらえるので助かります。」と取締役の高橋さん。ドイツ製の場合、不具合が生じた場合の部品調達にも時間がかかり、メンテナンスも難しい。今後、新しくできる国内の蒸留所では中国産蒸留器が増えていくのかもしれません。

沖縄のボタニカルを贅沢に使用したクラフトジン

 那覇晴蒸留所で製造を行っているのは、高橋さんとまだ20代(取材当時)という若手の矢加部さんの2人。

 「もともと、いずみやで働いていました。その頃、研修でウイスキー製造の見学へ行った時にすごく感銘を受けたんです。私もいつかやってみたいと思いました。」と矢加部さん。そんな折、那覇に蒸留所を設立する計画が上がり、那覇出身の矢加部さんが立候補したということです。

 高橋さんも矢加部さんも製造の経験はありませんでしたが、上質なジャパニーズウイスキーを造る本坊酒造から技術アドバイザーを招き、那覇晴蒸留所の計画から開業するまでの1年ほどしっかりと技術は受け継ぎました。満を期して出来上がったファーストリリースは『波ノ上人(なみのうえじん)』。那覇空港からも近い波の上ビーチは、観光客の増加によって知名度も上がっており、そこからの由来かと思いましたが、それだけではないようです。

 「並よりもちょっとだけ上、ワンランク上のジンという意味も込めています。いずみやは日本酒を多く扱う酒屋なので飲食店との取引が多いため、ジンも馴染みのある一升瓶から始めました。」と矢加部さん。

 使用しているボタニカルは、ジュニパーベリー、コリアンダー、黒糖、ピィパーズ(島胡椒)、シークワーサー。ジュニパーベリーとコリアンダーは輸入品ですが、それ以外は沖縄県産。黒糖は、矢加部さんも「とにかく美味しくて驚きました。これを食べた時に、絶対に使いたいと思ったくらい。」と太鼓判を押す宜野座村の渡久地さんの純黒糖。その日に作る分だけのサトウキビを収穫し、昔ながらの薪炊きで作っています。ピィパーズは甘い香りとマイルドな辛さが特徴の南城市の大城さんから。シークワーサーは、名護市勝山地区で農薬の使用量を少なく栽培している安村さんの勝山シークワーサー。

 ボタニカルの抽出方法は、スティーピング方式(浸漬法)とヴェイパーインフュージョン方式(バスケット法)が使われます。浸漬法はベーススピリッツに直接ボタニカルを漬け込み、それを蒸留することで本来の豊かな香りをしっかりと抽出する方法。多くの銘柄がこの方式を採用しています。バスケット法は、蒸気によって抽出する方法。主に、ラインアームにジンバスケットと呼ばれる箱のような容器を取り付け、そこにボタニカルを詰め込みます。蒸留時に蒸気が通ることで軽やかに風味が加えられるのです。ボンベイサファイヤがこのバスケット方式で風味付けをしています。

 『波ノ上人』は、ジュニパーベリー、コリアンダー、黒糖、ピィパーズを浸漬法で蒸留してから、シークワーサーのみバスケット法で抽出するという手間のかかるやり方です。ジュニパーベリーやコリアンダーといった魅惑的な香りと、黒糖とピィパーズのコクの上に、シークワーサーの爽やかさがバランスよく乗っているジンに仕上がっていました。

『田酒』特別純米を加えたクラフトジン

 那覇晴蒸留所から第二弾としてリリースされたのが『嘉利吉(かりゆし)』です。日本酒好きは勿論のこと、そうでない方々にも認知度の高い青森の西田酒造店『田酒』。その西田酒造店と那覇晴蒸留所がタッグを組み、開発されました。いずみや代表取締役の小泉広記さんと西田酒造店代表取締役の西田司さんは長い付き合いで、「いつか一緒に何かやってみたい」という会話をしていたそうです。そこで、那覇晴蒸留所開設をきっかけにクラフトジンの開発に乗り出しました。西田さんも直接蒸留所に出向き、監修したといいます。

 基本は『波ノ上人』と同じですが、『嘉利吉』にはベーススピリッツに田酒の特別純米が加えられているという贅沢な仕様。そして、ボタニカルにバタフライピー(チョウマメ)が加わっています。バタフライピーは、東南アジア原産のマメ科の植物。温暖な沖縄県の気候に合い、栽培も盛んに行われており、沖縄の特産物となっています。綺麗な青色でハーブティーとしても親しまれていますが、この色はアントシアニン類の一種である「テルチナン」を主成分とする色素で、酸性やアルカリ性のものを加えph値が変わることで色が変化する不思議な花。例えばクエン酸など酸性のものを加えると紫色に、アルカリ性のものを加えると薄緑になるので、天然のリトマス試験紙と言われています。那覇晴蒸留所では、加水に使う水は水道水を業務用の浄水器に通して使用。それでもこのような綺麗な青色になったというのですから、沖縄の水にも合ったボタニカルなのかもしれません。

 バタフライピーのハーブティーは、ほんのわずか豆っぽい香りがするだけで、色からは想像できないほど全く癖のないもの。それでも『波ノ上人』と飲み比べると、穀物感が感じられるのは田酒が加えられているからなのか、バタフライピーの香りなのでしょうか。口当たりもまろやかで、女性に評判がいいというのも頷けます。

 例えば、アルカリ性のミルクを加えたり、レモンやライムといった酸性の食材を加えるなどして、色の変化を楽しめるカクテルも制作できるのではないかと、想像が膨らみました。

ジンを食中酒に

 蒸留所には「島豚しゃぶしゃぶ&BAR NAHA晴レ」が併設されています。しゃぶしゃぶがメインの飲食店で、馬肉などおつまみも豊富。勿論、『波ノ上人』『嘉利吉』も提供されているため、隣で醸造されたクラフトジンを飲みながら食事ができる素晴らしい環境。

 「ジンはバーで飲むようなイメージでしたが、食中酒にも最適です。『波ノ上人』も『嘉利吉』も、さんぴん茶で割ったりソーダで割ったりしても美味しく、食中酒に向いているように造っています。」と矢加部さんがおっしゃるように、香りは派手すぎず、軽やかに沖縄を感じさせながら滑らかでまろやかな口当たり。水で割るとふんわりと爽やかなシークワーサーの香りが立って、豚肉などの脂があるものと相性が抜群です。泡盛に馴染みのある沖縄では、すぐに焼酎と同じように浸透するかもしれません。

 旅行や帰省などで行った土地で飲んだ地酒はいつまでも印象に残っているのではないでしょうか。それと同じように、沖縄の風を感じ、食事をしながら飲む『波ノ上人』『嘉利吉』は地酒と同じように地元に根付いたお酒となることでしょう。

 持ち歩きや配送もできるサイズも出来上がり、帰宅してから飲めば友人や家族と会話に花が咲くこと請け合いです。

 今後は、また違うクラフトジンを造ろうと模索中だとか。泡盛だけではなく、沖縄クラフトジンも今後は非常に注目されることでしょう。