日本酒の熟成酒や古酒と聞くと、まだ口にしたことがない方や、飲みにくいなどのマイナスイメージを持っている方もいるのではないでしょうか。しかし、実際に熟成酒を飲んでみるとその魅力から逃れることはできません。60年以上も前から独自の手法で酒造りをし、古酒を生み出してきた木戸泉酒造5代目蔵元 荘司勇人さんにお話を伺いました。  

千葉県いすみ市で5代に続く酒造り

 1879年(明治12年)創業の木戸泉酒造。屋号である「木戸」に酒を表す「泉」で木戸泉という銘柄を醸し続けています。元々はここ、いすみ市で醤油や味噌などの商売や漁業をしていましたが、ある時、引き取り手のなくなった酒の仕込み桶を受け取り、その桶で酒造りを始めたのが最初。戦後から酒造りを専業とし、3代目の荘司勇さんから本格的な酒造りがスタートしました。現5代目蔵元杜氏の荘司勇人さんは、東京農大を卒業後、東京の飲食店や酒販店で2年ほど働いていました。蔵に戻ってきたのは2001年。高齢化が進み、社員たちも退職を考えるような年齢になっていました。

 「親父から“酒造りをするなら、親方たちが元気なうちに戻ってきて学んだ方が良い”と言われたのがきっかけですね。」と勇人さん。

 
 2012年に杜氏が急死するという悲しい事態が起こり、急遽、勇人さんが杜氏を務め、その後2016年に社長就任となるまで酒造りをしながら社長業務の移行をしてきました。4代目の荘司文雄さんは、今後情報社会になり若い世代に託した方が良いのではないかという考えのもと、勇人さんに社長を任せたといいます。しかし、杜氏という体力中心の仕事をしながら会社の業務もしなければならないというのはハードな毎日なのではないでしょうか。

 「正直、ものづくりが好きなのもあり酒造りだけなら楽なのになと思う時もありました。特に就任前は経営に関して前社長と意見が合わずに衝突することが多かったんです。でも今は全て任せてくれ、見守ってもらっているので心強い部分もあり、大変ですけど責任感もあります。」

 代が変わり、従業員も若手が増えた木戸泉酒造ですが、造りに関しては変わっていません。その変わらない、変えないという酒造りも木戸泉の特徴なのです。

異例ともいえる酒母造り

 清酒製造の工程に、米を洗米し、浸漬し、蒸すという作業があります。現在は米を蒸す道具はアルミやステンレス製のものが主流となっていますが、木戸泉酒造では当初から木の甑と和釜で蒸しています。しかし、木桶職人が減っている中、日本で最後の製造元だった1社が2020年に製造中止。壊れたから新しいものへと簡単にいかないのが現状です。

「自分はこれでしか作業をしたことがないので、他はわからないんですよ」

 と勇人さん。今後も木製の甑で米を蒸していくために、神戸市の剣菱酒造へ発注することに決めました。

  

 小豆島にあるヤマロク醤油の山本社長が「木桶職人復活プロジェクト」を立ち上げるなど話題になりましたが、剣菱酒造でも自社のために木の甑を製造する環境を整えていたのです。2017年に木工所を建設し、職人の育成にも力を注ぎ、一から木製の甑制作が出来るようになっていいます。そこで「木桶職人復活プロジェクト」の職人と共に、勇人さん自身も出向き甑作りをしていくようです。

 そして、重要な酒母造り。清酒製造で「一麹、二酛、三造り」という格言がありますが、酛(もと)というのは酒母の別称のこと。お酒を造る土台となるもので、非常に重要性の高い作業です。木戸泉酒造ではこの酒母造りが特徴的。酒母は基本的に、速醸系酒母と生酛系酒母に分けられ、速醸系酒母は人工的に作られた乳酸を用い、安定して効率的に育成することができ、現在の清酒の約90%はこの方法が使われています。生酛系酒母は、生酛作りと山廃造りに分けられますが、どちらも蔵内に生息する乳酸菌を取り込むことで酒母を酸性にする方法。雑菌などが入り込まないよう蔵内の環境も良くなければいけません。木戸泉酒造は山廃造りですが、高温山廃酛という特殊な方法をとっています。勇人さんの祖父にあたる荘司勇さんの代にこの製法が開発され、1956年から現場に取り入れられました。一般的な生酛系酒母は低温で仕込みますが、木戸泉ではお湯を入れて高温にします。温度は55度。

 「55度という温度が大切で、タンク内の雑菌が死滅し、ピュアな状態になります。そこに蔵内の微生物を取り込むのです。他に、米のでんぷんが糖化されやすい温度でもあるため、発酵が早く進むのも大きなポイントです。」

  

 朝に酒母を仕込んだ場合、夕方まではそのまま保温し、その後、表面に打ち水をするそうです。そして、櫂棒(かいぼう)ではなく素手をそのまま酒母に入れ、手を温度計代わりにして暖かい場所を探し出し、ゆっくりと混ぜていくという驚きの手法。木戸泉の酒母は全てこの高温山廃酛なのです。だからこそ、木戸泉酒造のお酒はどれも特徴的で唯一無二の味わいなのでしょう。

古酒への思い

 高温山廃酛で仕込みながら、徐々に長期熟成に耐えられる酒造りを始めていきます。3代目蔵元の時代は高度成長期。劣化防止のため日本酒にも保存料の添加が認められていた時代でした。しかし、人の体に入る飲料のため保存料だけでなく、なるべく自然な状態で造ったものを美味しく飲んで欲しいと考えていた3代目。そこで、劣化しない酒を造ろうと試行錯誤し、古酒が生まれていきます。

 3代目は当初から海外にも目を向けていて「ロマンのある人でした。」と勇人さん。海外に行くことも多く、各国でワインを飲んでいる姿を目の当たりにし「日本でもこうなるだろう。そして日本酒も多く輸出されるだろう」と確信したのが、高温山廃酛と船便でも劣化しない長期熟成酒に力を注ぐきっかけになったのかもしれません。1970年には大阪万博が開催され、様々なカルチャーが入ってきたこともあり「これからの食文化を考えると日本酒にも多様性が必要だ」と、ワインのように酸の高い酒に挑戦します。ヴィンテージ古酒『玉響』、長期熟成純米『古今』など多くの古酒を扱っている木戸泉酒造ですが、特に酸が高い商品が『afs』。新潟県住乃井酒造 当時の蔵元の安達源右衛門さん、千葉県醸造試験場(現千葉県産業技術支援研究所)初代所長で当時の木戸泉技術顧問であった古川董さん、木戸泉酒造の3代目蔵元 荘司勇さんと開発に携わった3人の名前の頭文字をとったものです。

 日本酒の多くは3段仕込みといって酒母をもとに米麹と水を3回に分けて加えていき発酵させていきますが、この『afs』は一段仕込みで仕上げたお酒。高温山廃酛の1段仕込みという、非常に酸が高いのが特徴。応用微生物学の世界的権威として知られる坂口謹一郎博士が太鼓判を押してくれたこともあり日の目を浴びることになりました。

 ところが、当時は『afs』のような味わいのお酒が市場で思うように受け入れられなかったため、1976年を最後に製造を中止。これを復活させたのが勇人さんです。

 「蔵に戻ってきて改めてウチの酒を飲んで、afsを含め全て美味しいと感じたんです。特にafsは空白の20年があり、新酒の状態を知りたくて仕込んでみました。そのうち、古酒と比較するためにお客様に試飲してもらっていたのですが、思いの外好評で、新酒でも販売に至りました。」

 2011年からは『afs』をシェリー樽やワイン樽で樽熟成させた『Afruge』を造り始め、このシリーズも人気が広がっています。

  
 蔵の向かいにあるギャラリーには1974年からの古酒がずらりと並んでいて圧巻です。純米酒の中から古酒に向きそうなものを選択しているようで、アミノ酸の数値やグルコースも関係しているのでしょう。年数が経っている方が色が濃くなるという訳ではありません。それぞれの酒質によって熟成具合が違い、色合いも違うのが古酒の個性と言えます。

 2019年から、熟成酒、古酒の文化を広めるための取り組みをしている「刻SAKE協会」にも参加したことにより、古酒との関わりが深くなっています。

  

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「今後は、もっとお客様にわかりやすようにリブランディングしていこうと思っています」

 と勇人さん。そして5年後を目処に、使用する米を全量自然栽培米にすることを目標に掲げています。更に「B Corpを取得したい」と言います。B Corpとは世界中で注目されている、社会問題や環境問題など高い基準を持っている企業に与えられる認証。日本で取得しているのは僅か23社(2023年4月時点)です。3代目からの酒造りを変えずに継承し、新しい事にも挑戦する木戸泉酒造。木戸泉の活動により、日本酒の熟成や古酒の魅力が多くの方々に認知されていくことでしょう。

木戸泉酒造株式会社 / KIDOIZUMI SHUZO Co.,Ltd.

〒298-0004 千葉県いすみ市大原7635-1 TEL 0470-62-0013

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